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主将奮闘記 明豊高校ソフトテニス部 片山伊織(3年) 家族への恩返し 人生で一番の頑張りを 【大分県】

主将奮闘記 明豊高校ソフトテニス部 片山伊織(3年) 家族への恩返し 人生で一番の頑張りを 【大分県】

 ソフトテニス女子団体の明豊は全国高校総体(インターハイ)に7大会連続33回目の出場をし、同校初のベスト8入りを果たした。前衛の片山伊織は1年からエースとしてチームを引っ張った看板選手だ。「日本一」の目標には届かなかったが、厳しい練習を耐え抜き、技術も人間性も一回り大きく成長した。西村知樹監督の下、「疾風勁草(しっぷうけいそう)」のスローガンを掲げ、困難に直面したときこそ、本当の強さが分かることを学んだ。全国高校総体を振り返り、チームや家族との絆、今後の目標などを聞いた。

団体戦で明豊初のベスト8入りに貢献した片山

――全国高校総体で初めての8強入り。どう感じていますか。 
 全国高校選抜大会(3月)の3回戦で勝った相洋(神奈川)と再び、インターハイの3回戦で対戦しました。向かってこられる立場になりましたが、ちゃんと勝ち切ることができた。1、2年生の頃に比べたら、総合的な技術が上がったと思います。準々決勝の須磨学園戦は自分のペアが3点リードから逆転されました。日本一という目標が常に頭にあり、いざという場面で「もう少しでこの相手に勝てる」と客観視してしまいました。それまでは向かう立場でどんどん行けていたのに、急に我に返った。相手よりも経験が足りなかったと思います。明豊としてインターハイで初めてのベスト8ですが、うれしい気持ちよりも「もっとやれたはず」という悔しさの方が大きいです。

――長崎県出身ですね。明豊高校に入学しようと思ったのはなぜですか。
 中学時代に九州大会で優勝しましたが、全国大会では結果を残せませんでした。ジュニアや中学校の外部コーチとして教えてくれた母と祖母に恩返しがしたい。そのために高校はガチでできるところに行きたいと思い、最初に頭に浮かんだのが明豊高校でした。高校や先輩、練習の雰囲気が良くて、自分もここでやりたいと思いました。

大学でも競技を続け、「日本一を取りたい」と語った

――西村監督の指導を最初に受けた時はどうでしたか。
 すごくきつかったです。こんな練習を中学校でやったことなかったし、想像もしていなかったです。入学前に、高校時代にテニスで寮生活を経験した母から「とてもきついよ。本当に大丈夫?」と聞かれました。でも自分は絶対に恩返しをするという目標を達成したかった。高校3年間を人生で一番頑張ったと言えるようにしようと思ったので、きつい練習も日本一のためなら頑張れました。みんなで頑張る雰囲気がすごくあり、その中で自分も頑張ろうと思えたことが一番でした。

――キャプテンとしてはどうですか。
 技術面だけでなく、人間性や生活面でも日本一のチームを作ろうと思いました。例えば試合の前後や日頃のあいさつをしっかりして、寮をきれいにする。相手に感謝の気持ちを持ったり、学年間のコミュニケーションを大切にしたりしました。憧れのキャプテンはバスケットボール男子の佐藤凪選手(京都の東山高校出身)。言葉で厳しく言うわけではないですが、プレーで引っ張り、チーム全体を後ろから押し上げるところがいいと感じました。

――高校での競技は今夏で終わりました。卒業後はどうしますか。
 大学でテニスを続け、日本一を取りたいです。小さい頃からテニスでいろいろな選手を見てきて、選手は周囲に良い影響を与えられると知りました。私も高校で自分のプレーを見た人から「元気をもらった」と言われたことがあります。テニスの力で人を笑顔にしたり、勇気を与えたりすることが自分にもできることが分かったのです。卒業後も日本一を取ることと、自分のプレーで見ている人たちを笑顔にすることが目標です。

(坂本陽子)

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