競技人生を支える企業の力 第9回大分県版アスナビ説明会開催
ボクシング
第13回全日本UJボクシング王座決定戦・中学生の部45キロ級。利光琉星(中津緑ケ丘中3年、大貞ボクシングクラブ)は、九州、西日本の激戦を勝ち抜き、ついに頂点へたどり着いた。試合後、口にしたのは「やっと取れた」という言葉だった。
派手なガッツポーズより、その一言にここまでの時間が凝縮されている。琉星にとってボクシングは物心がつく前から身近にあった。父・英剛さんは元プロボクサーで、2004年にジュニア専門の大貞ボクシングクラブを設立。自宅横にあるジムで琉星は小学1年から本格的にグローブを握った。
だが、日本一への道は一直線ではなかった。小学2年から公式戦に出場したものの、九州は全国屈指の激戦区。決勝まで進んでも、その先へ届かない大会が続いた。小学6年ではぜんそくの症状を抱え、中学進学後も疲労骨折や腰のけがに悩まされた。「今年が初めてと言っていいくらい、いいコンディションで挑めた」。英剛監督はそう振り返る。

それでも負けるたびに、琉星は何かを持ち帰った。転機は小学4年の頃。香川の強豪選手とのスパーリングで「今までにないくらいボコボコにされた」(琉星)。だが、それで嫌にならなかった。「その選手の動きをまねしたり、技を盗んだりした。そこからコツをつかんだ」。教わるだけではない。琉星は見る、考える、試す。そして、自分の技に変えた。
英剛監督が「探究心と吸収力が高い」と評する理由は、そこにある。親子で磨いてきたのは「打たせないボクシング」だ。ジャブを出し、足を使い、相手の攻撃をかわす。その隙にカウンターを合わせる。力任せに打ち合うのではなく、できる限りパンチをもらわずに勝つ。
その哲学を象徴する話がある。日本一になった今回の試合で、英剛監督が数えていたのは得点でも有効打でもなかった。「5発もらったんです。1ラウンド2発、2ラウンド1発、3ラウンド2発」。そして、こう続けた。「勝ったうれしさより、5発もらった悔しさの方が大きかった」
日本一よりも5発の被弾。一見すると厳しすぎるようにも聞こえる。しかし、そこには父親としての思いがある。ジュニア世代だからこそ体に余計なダメージを残したくない。目先の一勝のために打ち合うのではなく、長く競技を続けられる技術を身に付けてほしい。

その考えは琉星にも染み込んでいる。「ジャブをたくさん出して足を使う。相手には打たせない。それが自分のスタイルです」。普段は穏やかで、「ボクシング選手に見えない」と言われることも多い。それでもリングに立てば胸の奥にあるものが顔を出す。
「負けたくない」。静かな少年の中に確かな勝負師がいる。目標は、もう日本一ではない。日本代表になってアジア大会、そして2032年ブリスベン五輪。さらにその先にはプロの世界も思い描いている。「まずオリンピックに行って、その後にプロになるのが格好いい」。夢を語る口調も力みはない。
教わった技がスパーリングで狙い通りに決まったとき、琉星は「こういうことか」と手応えを感じる。その瞬間がボクシングをしていて一番楽しいという。結果だけに一喜一憂するのではなく、できた理由、できなかった理由を考え、それを次の練習につなげてきた。
父が「パンチをもらわない」ボクシングを教え、琉星はそこに強い選手から学んだ技を加えてきた。親子で一つずつ積み上げてきたものが、今回の日本一につながった。日本一は到達点ではない。親子が次に見据えるのは、アジア、そして世界だ。 (柚野真也)
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