TURNING POINT 〜つきぬけた瞬間〜 #05 「忘れ物を取り戻しにいく」(相原昇、U-20・U-23バレーボール全日本女子監督)

2019/03/24
  • ターニングポイント~つきぬけた瞬間~

 今日までのバレーボール人生をひと言で表現するなら―。その質問に対し、相原昇はひと呼吸置いて「自分史上最高を目指す戦い」と答えた。選手時代は全日本大学選手権で優勝し、指導者になってからは幾度の日本一を経験した。多くの成功体験を経て、世代代表の日本代表監督として世界の頂点を目指す。

  

 若い世代のバレーボール全日本女子監督に東九州龍谷高校(東龍)の相原昇が就任したのは今月中旬。高校の部活動を指導する監督の抜てきは、日本バレーボール協会の期待の表れでもある。協会は東京オリンピック以降の高校年代から20代前半までの若手強化を最重要事項と捉え、継続的な強化が必要と本腰を入れた。白羽の矢が立ったのは、東龍女子バレーボール部を日本一に12回導いた相原だった。実績に申し分ない平成の名将はU-20・U-23の日本代表監督に就任し、「世界一を本気で狙う。東龍で培った高速バレーで世界に挑戦したい」と強い思いを口にした。

 

 中学からバレーボールを始めた相原は、東洋高校(東京都)から日本体育大学に進学し、セッターとして活躍。中学では全日本選抜メンバーに選ばれ、大学4年時は全日本大学男女選手権で日本一に輝いた。卒業後は香川県立高松北高で9年間監督を務め、東龍の監督に就任―というのが公式の経歴だが、実は指導歴は大学時代までさかのぼる。中学2年から越境入学するために一人暮らしを始め、母子家庭で迷惑を掛けたという思いもあり、大学時代はバイトとしてママさんバレーのコーチをする。最初は5、6人を教えていたが、すぐに「相原の指導を受けると上達する」という噂が広がる。「一人一人性格も違えば、技術力も違う。それぞれに合った指導と本人のやる気があれば伸びる」。この頃から個の能力を伸ばす指導に長けていたというわけだ。あっという間に門下生が50人になり、一番多かったときは100人を越えていたという。「50代、60代の方が来てうまくなりたいと言うから、こっちも真剣になって教える。どんな人でも教え方ひとつで上達スピードが変わる。面白かった。自分は指導者に向いているんだと自覚しました」と笑う。この頃から「監督業は天職」と思えるようになった。

 

「東龍バレーで世界一を狙う」と語る相原昇氏

 

  • LINEで送る

関連記事

ページトップへ