TURNING POINT #09 悔し涙を力に何度でも這い上がる(フットサル、四井沙樹・浦安)

2020/03/28
  • ターニングポイント~つきぬけた瞬間~

 小柄なフットボーラーが2度の大きなけがを乗り越え、はい上がっている。宇佐市出身の四井沙樹(24歳、バルドラール浦安ラス・ボニータス)は、「もう一度、日の丸を背負って世界で戦いたい」と、女子フットサル日本代表への復帰を目指しリハビリを続けている。

 

フットサルで頂点目指す

 

 四井がボールを蹴り始めたのは小学2年生の頃。1つ上の兄が通う少年サッカーチーム「FC WAYS」に入部し、男子と一緒にプレーしていた。四井は「男の子のようなやんちゃな性格で、スカートが嫌いな女の子だった」と振り返る。足が速く、左利きのアタッカーは、中学に上がると女子チーム「中津FCポマト」に所属する。当時は同年代の選手が多く、仲間と楽しい時間を過ごした。残した成績も悪くなかった。高校3年時には強豪校・神村学園(鹿児島県)に勝利し、九州王者になったこともある。

 

 学校に通い、授業が終われば毎日練習。「小さい頃からサッカーしかしてこなかった」四井の転機はフットサルとの出合いだった。サッカー練習の一環でフットサルに触れた。「思ったより楽しかった」というのが第一印象だ。それまでサッカーに夢中だった四井だが、高校卒業を控えた頃にフットサルの九州トレーニングキャンプに参加することになる。そこで当時の女子日本代表の在原正明監督と選手数名に指導してもらい、大きな手応えを感じた。「サッカーでなく、フットサルで上を目指したい」と決意する。キャンプ後は九州を中心にフットサルチームの練習に参加したが、「しっくりくるチームがなかった」。

 

 在原監督に相談し、今も在籍する浦安を勧められたのが高校を卒業して1年近く経ったときだった。「日本のトップレベルでプレーする不安はあったけど、通用すると思っていた」と意を決し上京する。しかし、ここからが試練の連続だった。他の選手に比べてフットサル経験が圧倒的に少なく、試合に出場できない日々が続く。「私にはフィジカルの差以上に、フットサルインテリジェンスが足りなかった。練習にさえついていけず、キツかった」と話す。初めての挫折を経験し、居残り練習に付き添ってくれた茨木司朗コーチに相談するとフットサルクリニックを主宰する鈴木陽二郎氏を紹介され、「フットサルがうまくなりたい」と志願し、指導を仰ぐようになる。

 

日本代表復帰を目指す四井沙樹

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