クラブ訪問 バレーボールの灯を守る 松岡クラブの挑戦 【大分県】
バレー
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県大会優勝の常連として知られる小学生バレーボールクラブ「松岡クラブ」。近年は3年連続で全国大会に出場し、2024年は全国3位という結果を残した。小学生年代から高い競技力を誇るこのクラブから巣立ち、それぞれ異なる立場で大分南高校バレー部を支えた2人の選手がいる。
キャプテンとしてチームをけん引し、春の高校バレーでも躍動したエース井手平夏和。そして、けがと進路の選択によって3年の夏にコートを離れながらも、その後マネージャーとして戻り、チームを支え続けた中村海斗である。立場は違っても、2人の原点は同じ場所にある。それが松岡クラブだ。
井手平が入団したのは小学2年の冬。体育館に足を踏み入れた当時、井手平にとって、練習は決して楽なものではなかった。怒られることも多く、何度も悔しさを味わった。それでも今振り返ると、「ここでバレーをやってよかった」と自然に言葉が出るという。一方の中村は小学4年からバレーボールを始めた。父がVリーガーだったことがきっかけだ。父の縁もあり松岡クラブを紹介され、体験を経て入団を決めた。

2人を幼い頃から見てきた恩師の笹山光広代表兼監督は、当時をこう振り返る。「技術的に目立っていたのは海斗。でも夏和は努力とキャプテンシーが抜きん出ていた。体も小さく器用なタイプではなかったけれど、悔しければ泣くし、誰よりもボールを追う子だった」。性格もプレースタイルも対照的な二人だった。だが、共通していたものがある。松岡クラブが徹底して教え込んだ「粘り」である。
井手平の学年は人数が少なく、入部当初から試合に出場していた。本人は「人数合わせみたいな感じだった」と振り返るが、その経験は確実に糧になった。小学5年頃から状況は変わる。中村と共に攻撃の中心としてスパイクを打つようになり、チームの中で存在感を高めていった。中村は早い時期から上級生のレギュラーに割って入り、経験の浅いままコートに立ち続けた。監督が信じて使い続けたことが、本人の自信と成長を後押しした。一方で井手平は、器用さや体格で際立つ選手ではなかったが、ひたむきな姿勢が自然と仲間を引きつけ、キャプテンとしての資質を育てていった。
中学時代は別々の学校でバレーを続けた。それでも県選抜で再会し、体育館を借りて一緒にボールを触ることもあった。やがて自然と一つの思いが芽生える。「このメンバーで高校でもバレーをしたい」
進学先の候補は当初異なっていた。中村は大分工業高校、井手平は別府鶴見丘高校を考えていた。しかし仲間が集まる場所を考えたとき、答えは一つに収束した。大分南高校である。二人は早い段階で同じ決断を下し、同級生と共に再び同じユニフォームを着た。

しかし、高校の舞台は甘くなかった。中村は「小中のキャリアがあったから、高校を少しなめていた部分があった」と正直に振り返る。指導者から「何でもできる選手」と評価され、複数のポジションを経験した。戸惑いもあったが、その経験が視野を広げた。仲間に恵まれたことも支えになった。一方の井手平の道のりはさらに険しかった。1年時はベンチ外。2年時も出場機会は限られた。3年になりキャプテン兼エースとしてチームを背負い、誰よりも厳しい言葉を受ける立場になった。それでも努力を積み重ね、日本代表候補合宿に招集されるまでに成長する。「きつかったからこそ、貴重な経験ができた」。敗戦の悔しさを抱えながらも、「これまでで一番いいパフォーマンスができた」と胸を張る。
この物語をより深くする出来事がある。中村は3年の全国高校総体後、理学療法士を目指して受験に専念するため部を離れた。辞めることを告げた夜、悔しさと寂しさで涙が止まらなかったという。自分で決めた進路であっても、バレーボールから離れる決断は簡単ではなかった。受験を終えた時、胸に残っていたのは「もう一度チームの力になりたい」という思いだった。中村は選手ではなくマネージャーとしてチームに戻った。「どんな形であっても恩返ししたい」。球出しや得点係だけでなく、対戦相手の分析なども担当し、コートの外からチームを支えた。その決断の大きな理由は井手平の存在だった。「冗談抜きで、夏和がいたから戻った」。練習では衝突することもあった。それでも中村は言う。「今振り返れば、全部いい思い出になった」
松岡クラブが2人に残したものは、勝利だけではない。努力が形になる喜び、仲間と粘り抜く感覚、そして感謝の心である。井手平は後輩にこう語る。「環境や保護者に感謝できる人になってほしい」。中村もまた言う。「夢や目標を持ってほしい。変わってもいい。楽しく努力してほしい」
松岡クラブで始まった2人の時間は、遠回りをしながら高校で再び交差した。エースとしてコートに立つ者と、ベンチからチームを支える者。立場は違っても、互いを思う気持ちは変わらなかった。友情は結果で証明されるものではない。苦しい局面で互いを選び、支え合った時間こそが、その価値を物語っている。
体育館に響くボールの音の中で育まれた絆は、勝敗を越えて2人の中に残り続ける。松岡クラブで出会ったあの日から続く関係は、これからそれぞれの道へ進んでも、きっと変わることはない。
(柚野真也)
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