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【指導者の肖像〜高校スポーツを支える魂〜】 情熱と理論が紡ぐ育成の現場から 柳ケ浦高校女子サッカー部監督・林和志(後編)

【指導者の肖像〜高校スポーツを支える魂〜】 情熱と理論が紡ぐ育成の現場から 柳ケ浦高校女子サッカー部監督・林和志(後編)

 全国屈指の強豪校がひしめく九州地区において、柳ケ浦高校女子サッカー部は着実に存在感を高めている。決して恵まれた環境とはいえないこの地で、林和志監督は15年以上チームを率いてきた。県外からも多くの選手が集うようになった背景には、林の独自の指導哲学と揺るがぬ信念がある。

 「最初は男子の指導者になるつもりでこの学校に来た。だから正直、女子サッカーに対しては何の知識もなくて、指導を引き受けたときは戸惑った」。林は笑いながら、指導初年度を振り返った。

 指導スタイルの違いはすぐに明白となった。男子は「これをやる」と言えば素直に動く。だが女子は違った。「なぜその練習をするのか?」その意図が伝わらない限り、選手たちは動かなかった。最初はフラストレーションすら覚えたが、次第に女子特有の戦術的な面白さに魅了されていった。

 「男子なら一本のパスで局面を打開できるが、女子はそうはいかない。選手たちが連係して局面を作り出す。その駆け引きや連動性が、次第に自分の指導者魂をくすぐるようになった」。林の指導は徹底している。県外のナショナルトレセン(※)に選ばれるレベルの選手が集う全国大会常連校と比べると、柳ケ浦に入学したての選手のレベルは決して高くない。それでも全国の舞台に立てる理由は、シンプルに「基礎基本」を徹底し続けてきたからだ。

 「強豪校がこなす練習量が6割ぐらいなら、うちは10割やる。それしか道はないとずっと言い続けてきた」。その象徴ともいえるのが「カメレオンサッカー」という独自のスタイルだ。単なるポゼッション志向でも、ただの堅守速攻型でもない。相手に応じて柔軟にスタイルを変え、戦況を読み取る。この柔軟性こそが柳ケ浦の強みだと林は語る。「サッカーは相手がいて成立するスポーツ。自分たちのやりたいことだけで勝てるほど甘くはない。相手の嫌がることを見抜き、勝つために何を選択すべきか考えられる選手を育てたい」

 この「考える力」を養うために、林はユニークな取り組みも導入している。雨天時にはYouTubeを活用し、グループ単位で選手たちにプレゼンをさせる。テーマは自由。サッカーの戦術でも、好きな選手のプレーでも、あるいは人間的な成長に関わることでも構わない。自分たちで考え、選び、仲間に「伝える」「まとめる」という過程そのものに意味があるという。林は「ピッチの中だけで完結する選手ではなく、考える習慣を持った人間になってほしい」と語る。こうした取り組みを通じて、選手たちは試合中も「なぜ今このプレーを選ぶのか」を自然と考えるようになる。単なる指示待ちの選手ではなく、瞬時の判断ができる選手に成長する土壌がここにはある。


林和志の「指導論」3箇条
①基礎基本を徹底せよ。
強豪との差は基礎の積み重ねで埋める。「6割で満足するな。10割やれ」が信念。
②考える力を磨け。
指示待ちではなく、自分で考え判断できる選手が一流になる。
③人間力なくして勝利なし。
ピッチの外の姿勢が勝敗を分ける。日常生活を大事にして心を鍛えよ。


 林は「技術」よりも「メンタル」を重視する指導者でもある。勝負の世界では、苦しい局面でいかに力を出せるかが試される。高いスキルを持ちながらも、大舞台で消えてしまう選手は少なくない。「メンタルの強さこそが勝者の資質」と言い切る。

 日常生活を徹底させる林は、「授業中寝ている子は練習にも出さない」と決めている。苦手な勉強でも真摯(しんし)に取り組む姿勢が、ピッチでの真剣さに直結するという持論だ。メンタルを育む基盤にもつながっていく。

 「サッカーでの姿勢は日常生活に表れるし、逆に日常の過ごし方がピッチにも出る。だからこそ、生活面にはとことん厳しく言う」。最も、もともと林の指導スタイルは今のようだったわけではない。2015年頃までは命令型の指導だった。「これをやれば勝てる」と信じ、選手をコントロールしていた。しかしある時、「このままでは選手の主体性が育たないのではないか」と自問するようになった。指示を減らし、考えさせ、選手主導で動けるようにシフトした。初めは戸惑いの声もあったが、次第に選手の顔つきが変わっていった。「指導の手ごたえを最も感じたのはこの転換期だった」と林は胸を張る。

 このスタイルは一部の指導者から批判も受けた。「放任主義ではないか」と言われたこともあった。しかし林は一切ブレなかった。実際、このスタイルに変えてから、選手たちの成長スピードは格段に上がったという。

 林の最大の強みは「人間観察力」にある。練習中、試合中、選手のちょっとした表情の変化も見逃さない。夏場はサングラスで選手への目線を惑わせつつも、常に様子を見続けている。指導者としての林の姿勢を象徴するのが、選手一人一人への深い愛情と責任感である。単にプレーの指導にとどまらず、選手の夢や目標を理解し、全力でサポートする。選手たちの間では「監督というよりも親のような存在」と語られることが多い。厳しさの裏側にある親心こそが、林の指導の原点であり、選手たちが信頼を寄せる理由でもある。

 柳ケ浦に集まるのは、多くが中学時代に無名だった選手たちだ。それでも全国の舞台に立ち、時にWEリーグの扉を開くのは「誰でも輝けるチーム」を掲げる指導があってこそ。トップ選手になるには、「誰よりも自分を高めたい」という意欲が不可欠だと林は語る。指導者が何も言わなくても、試合の映像を見返して自分で課題を見つけられる選手が成長する。そのため「教えてもらわないと動けない選手は成長しない」と最初からはっきり伝えている。

 林は勝負師でありながらも、どこか情を捨て切れない指導者でもある。「勝つためには割り切りが必要」と自らに言い聞かせつつも、「うまくない子でも、努力している子にはチャンスを与えたい」と起用に踏み切っている。「人間力」を育てるという初心は変わらない。だからこそ柳ケ浦の指導現場には、「勝利」と「成長」が共存する独特の空気が流れている。

 「全国の名将と呼ばれる指導者と比べれば、まだまだ自分の実績は足りない」と控えめ。しかし、林の中で揺るがぬ確信がある。それが「人間力なくして勝利なし」という信念だ。選手として成功するために必要なのは、単なる技術やフィジカルだけではなく、人としての在り方であり、周囲への感謝、自己犠牲の精神、日々の積み重ねなのだという。

 地方にいるからこそ、全国大会もプロへの道も、「かなえられないという先入観を打ち破りたい」と、林は考えている。「大分の田舎でも、誰もが、日本一を目指せる環境をつくれる。努力し続ければ必ず道は拓(ひら)ける」。日々の練習ではグラウンドの隅々まで目を光らせながら、静かに、しかし熱い信念を貫き、選手たちの背中を全力で押し続けている。

※日本サッカー協会(JFA)が実施するトレセン制度における最上位の講習会であり、地域トレセンから選抜された選手が参加する、全国規模の育成・強化の場。


(柚野真也)

【プロフィール】
林和志(はやし・かずゆき)
1980年7月20日生まれ、大分県中津市出身。耶馬溪高校、九州共立大学を経て社会科教員免許を取得。守備を信条とした現役時代を経て指導者の道へ。柳ケ浦高校女子サッカー部監督として数々のWEリーガーを育成。
全国大会出場歴
インターハイ(2017、2019、2024)
全日本選手権(2012、2013、2014、2016、2020、2021、2022、2023、2024)

大会結果