
【指導者の肖像〜高校スポーツを支える魂〜】 信じる力が未来を変えていく 柳ケ浦高校バスケットボール部監督・中村誠(前編)
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インターハイ(全国高校総体)、そしてウインターカップ(全国高校選手権大会)の二大大会で、柳ケ浦高校バスケットボール部の名が堂々と刻まれるようになった背景には、一人の指導者の不動の哲学がある。中村誠。沖縄・伊良部島出身の指揮官が九州の地で築いてきたものは、単なる勝利の方程式ではない。そこにあるのは、選手を「人」として育てようとする覚悟と信念だった。
中村が最も重視するのは、「生活がプレーに出る」という一貫した姿勢だ。コート上の判断や集中力は、日常の所作や習慣と密接に結びついている。朝のあいさつ、時間厳守、道具への敬意など。こうした行動が自然にできる選手こそ、試合の土壇場でも自分を信じ、仲間に尽くせる。中村はそう確信している。
中村はよく言う。「バスケだけうまくてもダメ。部屋が散らかっていたり、時間にルーズだったりする選手は、必ずプレーのどこかにほころびが出る」。中村にとって指導とは、バスケットボールを通して人間を育てることに他ならない。だからこそ、細かな生活指導や習慣の徹底を技術と同じくらい重要なものとして扱う。日常の立ち居振る舞いが美しければ、コート上でも美しい判断ができる。選手の行動一つ一つに目を配り、根本から鍛え直すその姿勢にブレはない。
戦術面での軸は、間違いなく守備にある。オールコートでの激しいプレッシャー、ゾーンとマンツーマンの切り替えに加え、タイミングを見計らった限定的なプレスなど、守備のバリエーションは実に多彩だ。中村は「勝ちたいなら全部覚えろ」と選手たちに言い切る。その言葉通り、練習時間の多くは守備に費やされている。ゾーンディフェンスも1種類にとどまらず、3種、4種を使い分ける。実戦練習では、Aチームが守備、Bチームが攻撃という形式で、6人の攻撃に対して5人で守らせるなど難易度の高い設定もする。また、「残り3分で10点ビハインド」「1分で0失点」など、特殊なシチュエーション練習も頻繁に取り入れる。シュートクロック(24秒ルール)を意識した守備、リバウンドへの執着、相手に24秒使わせても最後の攻撃を守り切る力。そうした細部の勝負を想定した守備力の徹底が、柳ケ浦の勝負強さを下支えしている。
しかし、厳しさの裏にある中村の真骨頂は、選手との信頼関係にある。選手交代の場面においても、「一度リセットしよう」「お前ならできる」と声をかける。これは決して甘さではない。選手の疲労や流れの変化といった状況を見極めた上での論理的な采配であり、その上で“信じている”というメッセージを込める。「交代には必ず意味を持たせる」という方針は徹底されており、選手にはその意図が明確に伝えられる。だからこそベンチに戻った選手も前向きに次の行動を考える。交代は罰ではなく、新たな準備の時間。そう捉えられるチーム文化が根づいている。
中村誠の「指導論」3箇条
①生活を整え、プレーを磨け
プレーは人間性の写し鏡。日々のあいさつ、時間管理、道具への敬意が、土壇場での判断力と集中力を支える。生活を律することが、勝負を左右する土台となる。
②信頼で育て、采配で導け
叱責(しっせき)よりも信頼。交代にも意図を持たせ、選手に「考える余白」を与える。準備された采配は、選手に安心と成長の機会をもたらす。チームを導くのは、“共に走る”姿勢である。
③気づかせて、任せる
指示ではなく、気づきの力を育てる。会話を重視し、選手自身が「なぜそうするのか」を考える環境をつくる。気づける選手こそ、状況を変えることができる存在だ。
チームづくりにおいては、「全員が主役」という理念が息づく。先発メンバーはもちろん、控え選手、マネージャーに至るまで、全員に明確な役割と意義が与えられる。試合中に声を出し続けた選手を試合後に全員の前でたたえたり、スタッツ(記録)には残らないプレーに拍手を送ったりする場面も珍しくない。例えプレータイムが限られていても、「お前の声で流れが変わった」「お前の準備があったから勝てた」と、目に見えにくい貢献を丁寧に拾い上げ、仲間の前で伝える。
そうした積み重ねが、「今ここにいる意味」を一人一人に浸透させていく。全員が同じ方向を向き、同じ熱量で戦えるチーム。だからこそ、柳ケ浦のベンチ、スタンドからは試合中も力強い声が飛び交う。それは単なる応援ではない。自分の役割を理解し、自分の場所でチームに火を灯す覚悟を持った声なのだ。中村がつくるのは、役割に優劣のないチーム。勝利のために全員が意味を持ち、全員が責任を担う。それが、柳ケ浦の一体感を生み出す真の原動力である。
選手評価の軸は一貫して「取り組み方」だ。才能があってもバスケットボールに取り組む姿勢に問題があれば容赦なくメンバーから外す。一方で、地道に努力を重ねてきた選手には、どんなに控えでもチャンスが訪れる。例えば、練習後の自主トレに毎日取り組んでいた選手が、県大会の大一番で先発に抜擢(ばってき)されたということもある。チーム内には、「見てくれている」という信頼の循環が存在している。
中村は試合中の采配にも「準備された美学」を宿す。試合前にはいくつもの展開をシミュレーションし、緻密なプランを構築する。「どんな展開でも慌てないこと」が、彼のスタイルであり、それが選手にも安心感を与える。プレーと同じくらい采配にも責任がある。その姿勢がベンチワークの質を高めている。
中村にとって、指導者とは「未来に関わる覚悟を持つ存在」である。技術を教える者ではなく、選手の人生に向き合い、可能性に寄り添う者。卒業後も連絡が絶えない選手たちとの関係は、信頼の証である。中には中村に憧れ、自ら指導者を志す者もいる。「教えることの喜び」を次の世代に手渡す。それが中村のもう一つの目標でもある。
「挑戦しろ。失敗してもいい。ただし必ず学べ」。この言葉には、勝敗を超えた成長への願いが込められている。選手が伸びるためには、指導者自身も学びを止めてはならない。かつての「ついてこい」から、今は「共に走る伴走者」へ。時代とともに歩みを進める指導者の姿が柳ケ浦の礎をつくっている。
中村の視線の先には、選手の未来と日本一の景色が重なっている。信頼と気づきのバスケットボール。その軌跡は、これからも静かに力強く続いていく。
(柚野真也)
中村誠(なかむら・まこと)
1978年6月16日生まれ、沖縄県伊良部島出身。
興南高校(沖縄)でバスケットボールを始め、中京大学を経て指導者へ。
沖縄県立与勝高→同翔南高→ 同宮古工業高→興南高→柳ケ浦高で指導。座右の銘は「信和力成」。
全国大会出場歴
インターハイ(2013、2014、2021、2022、2024、2025)
ウインターカップ(2013、2017、2020、2024)
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