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トリニータ 2度のJ1昇格に導いた丸谷拓也がスパイクを脱いだ理由

トリニータ 2度のJ1昇格に導いた丸谷拓也がスパイクを脱いだ理由

 今季限りの現役引退を発表したMF丸谷拓也。2008年に広島でプロキャリアをスタート。2012年はシーズン途中、2018年はシーズン当初から大分に加入し、中盤の汗かき役として献身的に動き回り、2度のJ1昇格に導いた「昇格請負人」だ。今季ここまでリーグ戦6試合、カップ戦6試合、天皇杯3試合に出場したが、昨季は39試合に出場した。余力を残しての引き際にも映るが、丸谷は「引退の理由は僕の中にしまっているが自分で決めたこと。やることはやったし、すっきりしています」と言い切った。

 

 片野坂知宏監督は丸谷を「プロフェッショナルな男」と表す。プロ意識が高く、どんな状況でも真面目に練習に取り組み、模範となる選手である。今季はリーグ戦での出場は少なかったが、黙々と練習に励み、いつ出番がきてもベストパフォーマンスが発揮できるように手を抜かずに調整してきた。片野坂監督としても頼もしい存在だったに違いない。引退発表した次の日の練習後も「まだ2試合あります。先のことばかり考えていられない。目の前の試合に集中したい。それはカタさん(片野坂監督)をはじめ全員でやってきたことです。そこはブレてはいけない」と、今季の全日程が終わるまで準備を怠ることはない。

 

 引退を意識するようになったのは今年の夏頃だと言う。「悩みに悩みました。そんな簡単に決められることではないので。家族もいるし、いろんな方に相談しましたが、僕の中で(引退の)気持ちが変わりませんでした。最後は僕の決断です。まだプレーできるのではと思っていただけたらうれしいです。これまで、いろんな選手の引き際を見てきましたが、自分の引退は想像したことはなかったです」

 監督やスタッフには11月上旬に、チームメートには今週の練習始動日(26日)に話したと言う。片野坂監督は、予想していなかったので驚いたようだが、本人の意思を尊重した上で、「サッカーに対する真摯な態度は指導者に向いている。いつか、どこかで一緒にサッカーをしたい」と伝えるつもりだ。

2018年の入団会見では「J1昇格のために貢献したい」と語った

 

 FWとして広島に入団した丸谷はプロになって決めていたことがある。「(試合に)出してもらえるならどのポジションでもやる」。プレースタイルを変えずに自分の居場所を見つける選手もいれば、変えることで見つける選手もいる。丸谷は後者だった。「ボランチでもCBでもプレーしました。これだけのポジションを経験させてもらえたことに感謝しています。この世界(プロ)はやっぱり試合に出てなんぼですから」。与えられたポジションで監督の求めるプレーに徹する。2012年は豊富な運動量と体の強さを生かして敵をブロックするバイタルエリアの門番となった。2018年はムラのない堅実なプレーでシンプルにパスを供給した。常に自分自身をアップデートし続けることで存在価値を見出し、大分のJ1昇格の立役者にもなった。

 「大分での2度のJ1昇格はいい思い出です。昇格請負人みたいなことも言われますが、僕1人で昇格させたわけでない。チーム全員で勝ち取った昇格ですし、当然メンバーも違ったので、それぞれの昇格に違った思い入れがあります。大分には1度だけじゃなくて2度も自分を戦力と考えて迎えてもらいました。数多く試合に出て、 J 1昇格を経験できたことは本当に感謝しかないです」

 

 今季は出場機会に恵まれなかったが、チームを支えた自負はある。「チームとしては残留を達成したことは良かったです。目標達成は試合に出ている選手だけではなく、日頃から練習している全員の力で達成できたこと。(試合に)出ていない選手もみんなで喜んでいいことじゃないかなと思います」

 今後については未定だ。「まだ2試合残っているので」と繰り返す。自身のサッカー人生について問うと、「本当に誇りに思いますよ。この12年間、いろんなことを経験したけど、やることはやったし、本当にやりきったっていう感じです」とすっきりした表情で答えた。

 

「やりきった」とすがすがしい表情で引退を語った

 

(柚野真也)