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スター候補生インタビュー 相撲 田中翔盛(中津東3年) 「相撲が自分の取りえだった」 【大分県】

スター候補生インタビュー 相撲 田中翔盛(中津東3年) 「相撲が自分の取りえだった」 【大分県】

 勝つたびに道が開け、負ければ全てが止まる。残酷でありながら、最もシンプルですがすがしい世界。その世界に飛び込む18歳の目は驚くほど真っすぐで、雑念がない。「相撲が自分の取りえだった」。その言葉には、ここまでの苦悩も成長も全部含まれている。

Q:まず、ご自身の名前「翔盛」の由来を教えてください。 
 親から、「自分が盛えて、羽ばたいていけるような人材になってほしい」という思いを込めてつけてもらいました。小さな頃は深く考えていませんでしたが、成長するにつれて名前の意味を知り、その願いの重さを感じるようになりました。自分の努力次第で名前に恥じない人生を歩める。そんな意識を持つきっかけにもなっています。

Q:小学校2年で相撲を始めたそうですが、きっかけは何でしたか。
 「わんぱく相撲」に出たのが最初です。友だちに誘われて軽い気持ちで出てみたんです。裸でぶつかり合う緊張感と、勝ったときの喜び、その場で仲間ができる楽しさ。そうした体験で一気に心をつかまれました。大会後に声をかけてもらったことも大きく、「相撲をやってみたい」と自然に思いました。振り返ると、この時の出会いが全ての始まりだったと実感します。

Q:他のスポーツ経験は?
 まったくありません。自分のスポーツ人生は相撲だけ。だからこそ、相撲に対する気持ちも強く、途中で逃げる選択肢はありませんでした。相撲があったからこそ、学校生活や人間関係の中でも自分を保てていた気がします。

Q:小さい頃から強かったのですか?
 全然強くなかったです(笑)。小学生の頃は負けることが多く、悔しさのほうが大きかった。でも、その悔しさが「強くなりたい」という気持ちを育てたと思います。練習を重ねるうちに少しずつ結果がついてきて、「勝てない相手に勝てた」経験が自信につながりました。

強くなりたい気持ちが成長につながったと語った

Q:強さを実感し始めたのはいつ頃ですか。
 本格的に「強くなってきたな」と感じたのは、中学校に入ってからです。中学では、それまでよりレベルの高い選手と一緒に練習できるようになり、自然と稽古の質も上がりました。基礎からしっかり教えてもらえる環境が整って、毎日の稽古の中で体の使い方や踏ん張り方が少しずつ身に付いていきました。
 最初は手応えがなかったのですが、続けていくうちに技術が安定して、「この動きは通用する」という瞬間が増えてきたんです。実際、大会でも勝てる試合が増え始めて、「あ、強くなってきたんだな」と自信を持てるようになりました。中学の3年間が、自分の相撲の土台をつくってくれたと思います。

Q:高校3年間で一番印象に残った優勝は?
 3年の九州大会です。自分が何度も負けてきた相手に、最後の最後で勝ち切れたことが大きかった。1、2年の頃に勝てなかった相手だからこそ、3年の締めくくりで勝てたのが本当にうれしかった。国スポで5位に入ったことも誇りですが、越えられなかった壁を越えた瞬間という意味では、あの優勝が自分の中では特別な勝利です。

Q:大相撲への挑戦を“現実の選択”として意識し始めたのは?
 高校2年の半ばです。周りが就職先を決めたり、職場体験で将来を考え始める時期に、自分も「どうするのか」を問われました。就職も魅力はありましたが、体格やこれまでの経験を考えると、自分が本当に挑戦したいのは相撲だと気づいたんです。そこで初めて「大相撲に行く」という決断をしました。

中津東OBの中村親方の部屋に入門する

Q:大相撲は厳しい世界です。不安はありますか。
 不安はもちろんあります。でも、大相撲は勝てば全てが変わる世界。実力も番付も給金も、全部勝敗で決まる。だからこそやりがいがありますし、自分の力で未来を切り開ける場所だと感じています。勝って番付を上げて、将来はしっかり稼げる力士になりたい。その気持ちは誰にも負けません。


(柚野真也)

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