それぞれの選択③ フェンシング男子フルーレ 中村太郎(法政大学1年)

2019/09/29
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 父・修さん(大分豊府高教諭)がフェンシングの指導者であったことから、幼い頃から遊び感覚で練習場について行き、敷根や大石らにかわいがってもらった。父が教えるまでもなく兄や姉のように慕う先輩たちの練習を見て、技を体得していく。攻撃にたけた選手がいれば、守備を得意とする選手もいる。身近にいた最高の教材から学び、「攻撃や守備に特化せず、苦手意識をなくす」ことでオールラウンドのフェンサーとなった。

 

 19歳の中村はジュニア(20歳以下)のカテゴリーに属するが、五輪出場の夢をかなえるためには年齢制限のないシニアのカテゴリーで結果を出さなければいけない。現時点の自身の現在地を確認するために出場した「全日本フェンシング選手権大会」(9月19〜21日)では、決勝トーナメント1回戦で敗退。腰のけがで不安を抱えていたため、「いつものキレがなく、思い切りのよい踏み込みができなかった」と敗因は明らかだった。

 

 ただ、大きな成長が見て取れたと修さん。「これまでなら負けを引きずっていたが、次に向けて気持ちを切り替えていた。今大事なのは体のケアであることも分かっていた」。元々、自分で課題を見つけ、修正できる能力は高かったが、気持ちをコントロールし、冷静に自分を客観視できる選手になった。強豪校への進学は間違いでなかった。

 中村は「勝ったり負けたりを繰り返して強くなる。先輩たちもそうして成長している。勝っておごらず、負けを受け止め次への糧にする」と、真っすぐ前だけを向いていた。狙うは東京五輪ではなく、その次の2024年のパリ五輪。目標が明確だ。

 

全日本選手権では結果が出なかったが成長した姿を見せた

 

(柚野真也)

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