監督の哲学③ 「選手と一緒にチームをつくる醍醐味」鶴崎工業高校サッカー部・松田雄一監督

2020/03/16
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多くの監督から指導者として必要なものを吸収

 

 

 松田がサッカーをはじめたのは小学6年のとき。当時盛んだったのは野球で、スポーツ少年団にサッカーはなかったが、サッカー好きなメンバーを集めてボールを蹴っていた。中学ではソフトテニス部に所属し、高校からようやく試合に出場できるようになるのだが、高校のサッカー部には指導者がおらず、悲哀に直面する。「練習はキャプテンの自分が考えていた。今みたいに簡単に動画を見ることができない時代。雑誌を買って、練習やフォーメーションを勉強した」。そこそこの結果は出るのだが、その後の壁を突き抜けるまでには至らなかった。試行錯誤し、さまざまな創意工夫を重ねて挑んではみたものの、結実することはなかった。だが、「そこで考える習慣を培うことができたことは、のちのサッカー人生に大きな影響を与えたと思う」という。

 大学は体育の教員になるために順天堂大学に進学。「サッカーが強くて、スポーツ医学も学べるので受験した。同級生は全国選手権で優勝、準優勝したメンバーばかり。大分の田舎から上京した者としては圧倒されたが、最高の環境でサッカーができた」と振り返る。

 

 初めて指導者にサッカーを教わり、レベルの高い仲間に多くの刺激をもらった。大学ではサッカー選手としてだけでなく、スポーツマンとして、一社会人としての立ち振る舞いを学んだ。卒業後は帰郷し、さまざまなタイプの監督と接してきた。そしてそのことが、自らの指導者人生において、大きな影響を受けてきたと語る。

 情報科学に赴任したときに指導者として多大な影響を受けた栗屋昌俊氏には理論と分析を学んだ。「相手を分析して、知識の上でサッカーを構築しないと強いチームにならない」。試合をビデオで撮って、チームの特徴、選手の長所や短所をミーティングで落とし込む。選手たちは「なるほど、やってみよう」と納得する。監督やコーチに言われたからやるのではなく、選手たち自身のモチベーションを刺激した。

 畑喜美夫氏(元広島観音高校監督)からは選手が自分で考え、自主性を学ぶボトムアップ理論を学んだ。できる選手が他の選手を指導する。「人に指導するとなると、間違ったことは言えない」。要点を整理し、言葉を洗練しておかないと、人に何かを伝えることはできない。「教えるとは教わること」を実践した。

 「強いチームの条件は?」という問いに関して松田はこう答えた。

 「プレーするのは選手。監督の示す戦術に対して、選手たちがしっかり理解してやることは前提だが、監督の顔色をうかがうような選手がいるチームは勝てない。団結力であったり、自己犠牲の精神であったり、勝者のメンタリティーであったり、そういうものを持っているチームは強い」

 松田は多くの監督から指導者として必要なものを吸収し、自らも監督として経験を積んでいくなかで、一番大切な要素を感じ取ってきた。

 

プロフィール

 

松田雄一

1968年1月12日生まれ、AB型、長洲中学→宇佐高校→順天堂大学

指導者として譲れないものは?

サッカー選手の前によき生徒であれ

勝てるチームの条件とは?

指導者、選手、親の連係が取れているチーム

高校生の自分にアドバイスするなら

指導者に頼るのではなく、自分で勉強したことが力となる

自己分析バロメーター

攻 撃 的 ○○●○○守 備 的

個 人   ○○○●○組 織

スペクタクル○○●○○リアリズム

理 論 派 ○●○○○感 覚 派

 

 

(柚野真也)

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