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スター候補生インタビュー 陸上競技 兒玉芽生(大分雄城台高校3年)

2018/01/02
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 高校最後の年にインターハイ、国体(女子100m)で日本一となった兒玉芽生(大分雄城台高校3年)。1年生の頃から頭角を現したが、度重なるけがで周囲の期待に応えられずにいた。苦しみ続けた時期を乗り換え、見事に花を咲かせた児玉が3年間の競技生活を振り返る。

 

-高校3年間を振り返って、どんな競技生活でしたか?

 1、2年生の時は、両足の太ももの肉離れ、足の指の疲労骨折などけがに苦しみました。日本一になるという目標は入学当時から決めていましたが、どこか漠然としていました。しかし、姉が日本一になるのを見て、本気で陸上に取り組むようになりました。最後は仲間や先生方に支えられて日本一になれたので、陸上をやり続けて良かったなと感じた3年間でした。

 

-日本一になったことは、自分の中では想定内ですか?

 顧問の穴井伸也先生を信じて練習すれば日本一になれると思っていたので、想定内です。1年生の時に「お前は普通に練習すればいい。絶対に全国3位に入賞させてやるから」と日誌に書いてあって、先生を信じようと思いました。3年生のインターハイと国体の時に「芽生は芽生らしく走ればそれでいい」と言われて、実際に自分らしく走ることで結果が出せたので、良かったと思っています。

 

-日本一になった瞬間はどうでしたか?

 インターハイも国体も僅差だったので、速報を見ないと勝ったかどうか分からなかったのですが、ゴールした瞬間はすぐ穴井先生を探しました。その時に喜んでいたので、優勝したんだなと思いました。周りの方が喜んでくれたことが嬉しかったです。

 

-高校3年間で一番思い出に残っている大会は?

 高校2年の北九州大会(全国高校陸上競技対校選手権大会北九州地区予選大会)です。400mで予選落ちして、すごく悔しかったので、100mで挽回しようとしましたがフィニッシュの時に足の指を骨折しました。それでも何とか200mで3位入賞することができたのですが、リレーではチームの足を引っ張ってしまいました。その時は陸上を辞めようと本気で思いました。いい思い出ではありませんが、自分を成長させてくれた大会となりました。

 

インターハイ、国体で日本一となった

 

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